議案第61号「多賀城市名誉市民の決定につき同意求めることについて」賛成討論

                                                                     平成19年9月12日

 

  議案第61号、「多賀城市名誉市民の決定につき同意を求める」ことについて、賛成の討論を行います。

 このたびは、鈴木和夫前市長を、名誉市民に推挙する議案が、本会議に上程されましたことは、大変喜ばしいことであり、心からお祝いと賛同の意を表するものであります。

 さて、鈴木前市長は、昭和38年5月、多賀城町議会議員にはじめて当選して以来、市議会議員を含めて8期、約31年にわたり、市政発展のために大変なご努力をされて参りました。この間、議員の皆様のご推薦を頂戴し、議長として10年間もの長きにわたり、議会の要職に就かれ、市政発展と議会の活性化のためご努力をされてきたのであります。

また、平成6年8月には、多賀城市長に初当選し、以来、3期12年間にわたり、多賀城市の、まさに、激動の時代のリーダーとして、誠心誠意がんばってこられてきた方であります。功績を上げればきりのないところではありますが、何点かあらためてご紹介させていただきます。

鈴木前市長が、市長に初当選して迎えた最初の議会である、平成6年第三回定例会の、平成5年度決算特別委員会の最中に大雨が降り、委員会を中断したそうでありますが、その時、鈴木前市長は、多賀城から水害をなくそうと、深く心に誓ったそうであります。それ以来、前市長は、中央ポンプ場、八幡ポンプ場、浮島ポンプ場、丸山ポンプ場の建設をはじめ、ポンプ場までの雨水幹線の整備や農業用排水路の整備に全力を傾けてまいりました。また、河川の上流地域では、そうの関ダムの建設促進及び遊水地設置事業など、どこまでも、市民の安全・安心を確保するため、粉骨砕身努力に、努力を重ねてきたのであります。現在のように、少々の雨では、びくともしない安全な多賀城を築き上げてこられたのも、前市長の、的を得た、政策判断の結果であり、当時の鈴木市長の手腕を高く評価するものであります。

また、多賀城駅周辺の開発計画については、かなり以前から計画があったようでありますが、様々な問題を乗り越えながら、現実、この事業をスタートさせたのは、鈴木前市長であります。駅前開発が着々と進み、仙石線の高架事業も本格的に進捗するなか、この場所を通るたびに、早期完成を請い願い、多賀城市民としての、誇りと希望が湧きあがってくるのは、私一人だけでありましょうか。

私は、悠久の歴史を持つ多賀城市にとって、まさに、多賀城の顔ともいうべき、玄関口を整備することは、長年の悲願であるとともに、将来の多賀城市民から大いに歓迎される大事業であると認識するものであります。

さらに、鈴木前市長は、多賀城政庁跡及び廃寺跡と隣接する場所に、東北博物館の誘致や国府多賀城駅の建設、そして、城南地区の区画整理事業を一体的に行うなど、多賀城市特有の文化的・歴史的遺産が数多くある中、これらを活かしたまちづくりにも大いに貢献されてきたのであります。また、前市長は、議会におきましても、議員の質問に対し、真摯に耳を傾け、必要なところには積極的に予算措置を講じられました。その政治姿勢は誠に立派というほかなく、特に、福祉施策に関しては、太陽の家及びのぞみ園の建て替えををはじめ、きめ細かい福祉施策を積極的に展開され、鈴木市政12年間で、大きく福祉が前進されましたことは、皆様ご案内のとおりであります。

このような実績・功績を踏まえ、あらためて、多賀城市名誉市民条例を見てみますと、第1条目的に、「社会文化の興隆に顕著な功績があった者」となっております。前市長の功績は、まさに、この「社会文化の興隆」との条文に、全て包含されるものと考える次第であります。

また、第2条一項の要件には、「市自治発展に顕著な功績のあった者」と明確に述べられていることから、政治家として、多賀城市の自治発展に大きな功績のある鈴木前市長こそ、名誉市民の称号を贈るに、最もふさわしい人物である、と認識するものであります。

それを裏付けるかのように、各団体や個人からも、鈴木和夫氏を、名誉市民に推挙する推薦書が、数多く出されております。

多賀城市国際交流協会では、国際交流のメンバーとともに、自費で、ペルーの日本人村を訪れた、鈴木和夫前市長の志を、高く評価し、役員会の席上、満場一致で推薦を決定したそうであります。

  このように多くの市民の皆様からも、ご推薦をいただいている、鈴木和夫氏に、名誉市民の称号を贈ることに、心から賛同するものであります。

以上、私的見解を申し上げ賛成討論と致します。